群像2022年12月号

【中篇一挙】青野 暦 【創作】金原ひとみ 川上弘美 町田 康

千秋は聴く。慈郎が話す、死んだ朝寿のことを、かれがよく行っていたおでん屋のことを、おでん屋で聴いた誰かの語りを、誰のものかわからなくなった、誰のものでもない声に、耳をすませる。このからだが、書かれた文字に、書くための紙になるまで、聴いてみたいと思っている。(青野 暦「雲をなぞる」)

「激辛フェスで大役をこなす自分を見てもらって、その勢いでプロポーズしようと思ってるんです」。フェスティヴィタ池尻大橋店の長い一日が始まる。(金原ひとみ「フェスティヴィタDEATHシ」)

銀坂の孫の、不登校がつづいているらしい。「だめな時は、逃げればいいのよ」母の声を思い出した。(川上弘美「袋いっぱいに黒い種が」)

民に慕われ聖帝と呼ばれても、嫉妬深い大后の怒りに為す術もない。「町田古事記」最終話。(町田 康「仁徳天皇」)


【小さな恋】みつはしちかこ 高瀬隼子 井戸川射子 水上 文 毬矢まりえ×森山恵 菅原 敏

恋/愛にまつわる言葉の小さな種を、心にゆだねる。

『小さな恋のものがたり』を描きつづけて60年。初恋のときめきを胸に秘めた、81歳の漫画家が編んだ夢いっぱいの宝箱。(みつはしちかこ「小さな恋の60年」)

息子が保育園でバレンタインのチョコレートをもらった。「うれしいか?」「うれしいよ!」無邪気な声に、おれは別の記憶に思いをはせる。(高瀬隼子「お返し」)

〈あなたは熱い風雨だ、見える限りの、宇宙に抜けていく空だ、〉。中也賞詩人の書き下ろし詩篇。(井戸川射子「かわいそうに、濡れて」)

いまだ包摂されないグラデーションをとらえるために。松浦理英子作品を透かして拡張する親密性のかたち。(水上 文「あなたが生きられる物語 ――恋/愛を問い直す」)

『源氏物語 A・ウェイリー版』の〈戻し訳〉は、いかにして成しとげられたのか――「ワードローブのレディ」「エンペラー・キリツボ」など、光る訳語を見出した翻訳秘話。(毬矢まりえ×森山 恵「レディ・ムラサキのティーパーティー――姉妹訳 ウェイリー源氏物語」)

取り戻せない過去、物が導く記憶、胸に空いたドーナツの穴。「惜しかったね」と懐かしく笑いあう日々に、詩と散文と、浸る幸福。(菅原 敏「静かに眠っている本を」)

「偏愛」するものがあるってなんて素敵なんだろう。青葉市子、小川洋子、木下龍也、高山羽根子、町屋良平、向井康介各氏による愛情あふれる6つのエッセイ「偏愛ラブレター」


【ソルニット、ふたたび】川端康雄×ハーン小路恭子 東辻賢治郎 渡辺由佳里

翻訳者たちが語り、なぞり、ひらいて描く、レベッカ・ソルニットの肖像。

ディストピア的イメージを覆し、自然を愛する新たなオーウェルの本質を見出していく。ソルニットの新刊『オーウェルの薔薇』をめぐる、共訳者ならではの刺激的対話。(川端康雄×ハーン小路恭子「自然と政治、蛇行する思考――オーウェルとソルニット」)

なぜソルニットは砂漠でカントリーミュージックを聞いているのか。砂漠と音楽をめぐるいくつかの事柄。(東辻賢治郎「砂漠のノーテーション」)

思想家、社会活動家、フェミニスト――。母国アメリカではどのように受容されているのか。あなたにとってのソルニットは?(渡辺由佳里「レベッカ・ソルニットの捉え方で露呈するのは読者自身かもしれない」)


【追悼・中井久夫】最相葉月 【エッセイ】斉藤 倫 【対談】鶴見太郎×尾崎真理子

精神科医として、文学者として多くの業績を残した中井久夫が亡くなってから3ヵ月。彼の人間としての態度が今も私たちに伝え続けるものとは――。最相葉月さんにエッセイ「追悼・中井久夫 ヒュブリスの罪と十字架」をご寄稿いただきました。

本誌連載『ポエトリー・ドッグス』単行本化を記念して、斉藤倫さんにエッセイ「近代詩100年の「わからなさ」」をご寄稿いただきました。――詩のわからなさとはなんなのか、そして、どこからくるのか。一九二二年という文学上の特異点から、モダニズムを解きほぐす。

大江文学における柳田国男、島崎藤村、平田篤胤の痕跡を探究した尾崎真理子さん『大江健三郎の「義」』をめぐって、鶴見太郎さんと行った対談「大江健三郎と柳田国男の“夢のゆくえ”」を掲載しています。


【連作】伊藤春奈 【article】谷口歩実 【最終回】保阪正康 【コラボ連載】塩原良和

伊藤春奈さんの連作「ふたり暮らしの〈女性〉史」第三回は、木部シゲノについて。無責任に語り継がれてきた「常識」的な性/生ではない、彼女たちが選びとった足取りを見つめ直す試み。

articleは「#みんなの生理」共同代表の谷口歩実さんによる「生理から既存の社会を問う――「生理アクティビズム」の課題と可能性」

保阪正康さん「Nの廻廊」が最終回を迎えました。

現代新書編集部とのコラボ連載「SEEDS」、今月は塩原良和さん「多文化共生から、違う世界に生きる人々との共生へ」です。


もくじ

〈中篇一挙掲載〉

  • 雲をなぞる  青野 暦

〈創作〉

  • フェスティヴィタDEATHシ  金原ひとみ
  • 袋いっぱいに黒い種が  川上弘美
  • 仁徳天皇  町田 康

〈特集「小さな恋」〉

  • 小さな恋の60年  みつはしちかこ
  • お返し  高瀬隼子
  • かわいそうに、濡れて  井戸川射子
  • あなたが生きられる物語――恋/愛を問い直す  水上 文
  • レディ・ムラサキのティーパーティー――姉妹訳 ウェイリー源氏物語  毬矢まりえ×森山 恵
  • 静かに眠っている本を  菅原 敏
  • 偏愛ラブレター  青葉市子/小川洋子/木下龍也/高山羽根子/町屋良平/向井康介

〈小特集「ソルニット、ふたたび」〉

  • 自然と政治、蛇行する思考――オーウェルとソルニット  川端康雄×ハーン小路恭子
  • 砂漠のノーテーション  東辻賢治郎
  • レベッカ・ソルニットの捉え方で露呈するのは読者自身かもしれない  渡辺由佳里

〈エッセイ〉

  • 追悼・中井久夫 ヒュブリスの罪と十字架  最相葉月
  • 近代詩100年の「わからなさ」 斉藤 倫

〈対談〉

  • 大江健三郎と柳田国男の “夢のゆくえ”  鶴見太郎×尾崎真理子

〈連作〉

  • ふたり暮らしの〈女性〉史〔3〕  伊藤春奈

〈article〉

  • 生理から既存の社会を問う――「生理アクティビズム」の課題と可能性  谷口歩実

〈最終回〉

  • Nの廻廊  保阪正康

〈コラボ連載〉

  • SEEDS 現代新書のタネ〔10〕多文化共生から、違う世界に生きる人々との共生へ  塩原良和

      〈連載〉

      • 多頭獣の話〔3〕  上田岳弘
      • の、すべて〔11〕  古川日出男
      • 鉄の胡蝶は夢の記憶に歳月に彫るか〔52〕  保坂和志
      • 歩山録〔2〕  上出遼平
      • 野良の暦〔2〕  鎌田裕樹
      • 「くぐり抜け」の哲学〔3〕  稲垣 諭
      • 文化の脱走兵〔3〕  奈倉有里
      • 文学ノート・大江健三郎〔4〕  工藤庸子
      • 庭の話〔6〕  宇野常寛
      • 事務に狂う人々〔7〕  阿部公彦
      • 撮るあなたを撮るわたしを〔7〕  大山 顕
      • 世界の適切な保存〔8〕  永井玲衣
      • なめらかな人〔9〕  百瀬 文
      • 文学のエコロジー〔10〕  山本貴光
      • 投壜通信〔6〕  伊藤潤一郎
      • 磯崎新論〔12〕  田中 純
      • 「後」の思考〔4〕  石戸 諭
      • 言葉の展望台〔19〕  三木那由他
      • こんな日もある 競馬徒然草〔22〕  古井由吉
      • 日日是目分量〔28〕  くどうれいん
      • 「近過去」としての平成〔33〕  武田砂鉄
      • 星占い的思考〔33〕  石井ゆかり
      • 所有について〔19〕  鷲田清一
      • 辺境図書館〔33〕  皆川博子
      • 〈世界史〉の哲学〔144〕  大澤真幸
      • 文芸文庫の風景〔24〕  津田周平

        〈随筆〉

        • 図書館への道  青木海青子
        • ちんちんは面白い  澁谷知美
        • 見えない水、見える水  千種創一
        • 俺様ルール前提の「なんちゃって民主主義」  平井美帆

        〈書評〉